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青森県の猫神・木の上の「唐猫」

.15 2011 北海道・東北地方 comment(0) trackback(0)
※「小野神社の唐猫」の記事は、いったんお休みしています。
しばらくは、各地の「唐猫」を子供たちに紹介していく
シリーズがつづきます。
このシリーズの間は、子供むけの文体・内容を保つことになります。

木の上の「唐猫」

青森県中津軽郡
西目屋村・砂子瀬地区
 
遠州綿紬
 
浜松市の伝統工芸品
「遠州綿紬」ロゴマークの糸車
 
1. はじめに
 
今回から、各地 かくち の「唐猫 からねこ 」の伝承 でんしょう について紹介 しょうかい していくことにしましょう。第一回の今日は、「青森県の唐猫」の話です。もとの題名 だいめい は「木の上のあねさま」でしたが、この「あねさま」は、話の中では「唐猫」になっていますので、このブログでは「木の上の唐猫」に題名を変 えてみました。

このお話は、インターネット上 じょう の「スーちゃんの妖怪通信 ようかいつうしん 」という、民話 みんわ ・伝説 でんせつ を紹介する
たいへん優 すぐ れたサイトから、要約 ようやく して借 りてきました。もとの話は、方言を多くふくみ、しかも、もっと長いものでした。興味 きょうみ のある人は、ぜひこのサイトを訪 たず ねて、ほかの民話・伝説も読んでみて下さいね。



2. 木の上の「唐猫」
 
それでは、お話に入ります。

昔、村の真ん中に、墓 はか の上に立つ大銀杏 おおいちょう があり、晩 ばん になると、その上に、「行灯 あんどん 」 (=昔 むかし のランプ) をつけて、針 はり 仕事 しごと をする「あねさま (=若 わか い女の人) 」が現 あらわ れた。この村はマタギ (=狩人 かりゅうど ) の村だったので、女に向 かってみんな鉄砲 てっぽう を撃 ったが、弾 たま は一つもあたらず、退治 たいじ はできなかった。

ある「あんさま (=若い男) 」が、退治に行くと、女は木の上の行灯の下で、やはり裁縫 さいほう をしていた。男が、女の影 かげ に向かって鉄砲を撃つと、明かりは消え、何かが落 ちる音がした。朝、見にゆくと、血 のあとが残 のこ っていたので、それをたどって山に入ってゆき、川をこえた山むこうの洞穴 ほらあな についた。

洞穴の近くには、二人のわらべ (=子供) が遊 あそ んでおり、誰 だれ か来たかとたずねると、一人は誰も来ないと答 こた え、もう一人は、お父 とう が夕べ村で怪我 けが して、おくの座敷 ざしき で寝 ている、と言った。男がのぞくと、大きな「唐猫」が頭に包帯 ほうたい を巻 いて、うなって寝ていたので、鉄砲で撃ってこれを殺 ころ した。このとき、「唐猫」は、おまえは家にもどるのに、茨 いばら の原を三年、茅 かや の原を三年、石ころの原を三年歩かないとならない、と告 げた。

男が洞 ほら の外 そと に出ると、辺り一面、茨の原になっていた。全身 ぜんしん とげで血みどろになりながら、男は必死 ひっし に歩き続 つづ けた。そのうち、髪 かみ はぼうぼうになり、爪 つめ も伸びてきた。それでもひたすら歩き続けると、やがて一面 いちめん の茅の原に出た。来る日も来る日も、その原を歩き続けると、今度 こんど は石ころだらけの原に出た。転 ころ んで顔 かお の皮がはげて、血だらけになり、手足にマメができ、男はもうすっかり化 け物 もの であった。

このように永 なが い時間 じかん を歩き続けると、突然 とつぜん 、男は自分の家の前に出たので、喜んで入ろうとすると、みんな「化け物だ」といって入れてくれなかった。男のお葬式 そうしき は、もう九年も前に出されていたのだった。それでも家の人がよくよく化け物の顔を見ると、それはその家の「あんさま」だった。

だから、いたずらしない生き物を、いじめたり殺したりしてはいけないのだという。
 
話・成田キヌヨ (昭和七年生)
聞取り・藤井和子
http://www.rg-youkai.com/tales/ja/03_aomori/01_anesama.html



3. このお話について

日本には、「狸 たぬき や猫 ねこ が女の人に化けて、糸車を引く」という内容 ないよう の民話が、おどろくほど各地にあります。中でも、「青森県」をふくむ「東北地方」は、このタイプの民話が多いことで知られています。

わたしが小学校一年生か二年生だったとき、国語の教科書に「たぬきの糸車」というお話がのっていました。このお話は、「東北地方」ではなく、「静岡県・伊豆地方」の民話を、児童文学者の「岸なみ」さんが現代の子供むけに、少し話を変えて書いたものです。したがって、純粋な民話とは言えませんが、大変 たいへん いい話だったのは覚 おぼ えています。わなにはまった「狸」を助 たす けた木こりのおかみさんに、「たぬき」がたくさんの糸をつむいで恩 おん 返しをする、心あたたまるお話でした。わたしは、このお話が大好きで、よく自転車をひっくり返して車輪 しゃりん を回 まわ しては、「キーカラカラ、キークルクル」などと言って、糸車を回す真似 まね をしたのを思い出します。みなさんの学校で使った教科書には、この話はのっていましたか?

ところで、「東北地方」の「山姥 やまんば と糸車」のお話というのは、大体 だいたい 、次 つぎ のような内容 ないよう のものが多いようです。
 
一人の猟師が暗い山道を通ると、大木の上でお婆 ばあ さんが行灯 あんどん をつけて糸車を回していた。鉄砲でこれを撃ってもお婆さんは平気で笑っている。お婆さんでなく、行灯を撃つと何かが落ちる音がする。翌朝、見にゆくと、大きな狸が死んでいる。
 
地方によっては、殺される動物は「フクロウ、ヒヒ、サル」だったりしますし、もちろん、「猫」であることもあります。

たような話は、他 ほか にもあります。昔話 むかしばなし を研究 けんきゅう している人の間 あいだ では、「猫と茶釜 ちゃがま のふた」という話のグループがあるのですが、この話には三つのタイプがあるとされていて、その一つは、次のようなものなのです。
 
狩人が狩 りに行くと、女の人が灯 あか りの下で糸車を引いていた。化け物だと思って、いくら鉄砲で撃っても平気 へいき なので、灯りの下を撃つと、火は消 えた。翌朝 よくあさ 、見にゆくと、「狸 たぬき 」 (「猫・猿 さる 」の場合もある) が死んでいた。
 
どうですか? 上に挙 げた二つのお話と、最初 さいしょ に紹介 しょうかい した「木の上の唐猫」の話は、何だか似 ていませんか? お裁縫 さいほう と、糸車で糸を紡 つむ ぐという違 ちが いはありますが、話のあらすじはほとんど同 おな じですよね。もちろん、「木の上の唐猫」の話は、後半 こうはん に猫を殺した人が苦労する話がくっついていますが、これを除 のぞ いた前半 ぜんはん 部分 ぶぶん は、だいたい同じ話だといえます。

その他にも、山おくで遊んでいる子供から化け物の秘密 ひみつ を知るという部分は、「大工と鬼六 おにろ 」の話にも似ていますよね。みなさんは、「大工と鬼六」のお話は知っていますか? わたしは、小学生のとき、一つ上の兄が夏休みの宿題で読んでいるのをいっしょに読んだのが最初でした。学校の図書室にあるかもしれませんから、興味 きょうみ があったら読んでみましょう。学校の先生に聞いても、知っている人は多いはずですよ。

このように、日本の民話というのは、色々 いろいろ なお話がそれぞれおたがいに影響 えいきょう しあっている場合 ばあい が、結構 けっこう あるのです。みなさんも、昔話などをたくさん読んでいけば、他の人が気づいていない、似通 にかよ ったお話を見つけることができるかもしれませんね。

それにしても、どうして日本のあっちこっちに伝 つた えられる色々なお話が、似通 にかよ ってしまうのでしょう? それに「唐猫」はなぜお裁縫 さいほう をしていて、「猫 ねこ 」や「狸 たぬき 」は、なぜ糸車を回していたのでしょう? こんな簡単 かんたん そうに見える問いかけに答 こた えることは、実 じつ は大人 おとな でもむずかしいことなのです。みなさんが大きくなったとき、そんなことに興味 きょうみ を持 つ人が一人でも出てきたならば、わたしにとってそれは大変うれしいことです。



4. むすび

今回も、なかなか長かったですね。
次回は、「岩手県」の「唐猫の恩返し」の話です。
よかったら、次回もおつきあい下さいね。


*

5. 追補 : 大人の方々へ


普段、当ブログを訪問して下さっている諸姉諸兄にとっては、ここ数回の記事は物足りないものに感じられていることと思う。ここで、その不足する内容を補完することは出来ないけれども、一応、大人の方々に向けてだけ、以下の点に注意を喚起しておきたい。


a) 「創作民話」について

まず、第一点は、検定教科書にも載る『
たぬきの糸車』についてなのだが、これは「文・きし なみ」「画・むらかみ ゆたか」による「創作民話」だと云うことを強調しておきたい。「創作民話」と云うのは、要するに現代作家が「民話」風に新たな物語を創作して発表したもののことで、大抵は実際の民話にいくらかは取材しているものの、子供向けに大きく改変したり、新たな創意工夫を加えたりしたもののことである。もちろん、まったくの創作の場合も多々ある。「松谷みよ子」の龍の小太郎や「斎藤隆介」の『モチモチの木』、あるいは「浜田廣介」の『泣いた赤鬼』など、優秀な作品が目白押しなのもこのジャンルの特徴と云えよう。

ただし、いかに優れた情緒豊かな作品であろうと、それが現代と云う時代に、一人の個人によって (時には複数人のときもあるが) 創作されたものだと云うことは忘れてはならない。その事実がその作品の価値を寸分でも低からしむるものではないが、少しでも学術的な話をするときには、それと口承文芸としての民話群を混同してはならない、と云うことは明らかである。

ただし、教科書に載る「たぬきの糸車」は、「創作民話」としての「創作性」は、極めて低いものだと云うことも付加えておきたい。お話の筋は、作者の「岸なみ」氏が現「伊豆市吉奈」で採録したものとほぼ同じだとさえ云える。ただ、原話が「狸の悪戯」「樵夫の罠」などより強調され、結果として罠にかかった狸をおかみさんが助けたことに対する報恩譚のニュアンスが強くなっている。教科書版は、どちらかというと、おかみさんと狸の心の交流に主眼が置かれていて、「いたずら」「罠」などの悪意的要素は、さらりと流されている感がある。さらに云えば、樵夫の仕事の一部として炭焼きがあることが抜け落ちており、それ故に民話では炭焼きは貧しい、無教養な人々として描かれると云った「山/里」の対比も排除されている。したがって、おかみさんがいつも一生懸命糸を紡いでいるのは、いつか豊かになって里に住みたいと願っているからなのだ、と云う設定も語られていない。筆者 (私) が、教科書版のお話が、元の民話と筋の上ではほとんど変わっていないにも関わらず、それを「創作民話」に入れるのは、この「報恩譚」の構成要素として最も重要な観点を敢えて抜き取り、狸とおかみさんの微笑ましい交流と云う部分をのみ強調する形で児童文学化しているからである。


b) 「猫=渦巻」「猫=水神」説について

第二点は、筆者自身の考え方についてである。上では、子供向けに民話を紹介することに主眼に置いたため、理論的な話は一切しなかったが、実は、「狸」や「猫」「猿」などの類いが、山中で糸車を回していると云うモチーフを含む民話は、筆者が常日頃から提唱している「猫=水神」「猫=渦巻」と云う考えを補完してくれるものなのである。

既に他の稿で、何度か「狸=猫」の民話の中での互換性については説いてきたところだが、この互換性は、実は「猿」や「蛇」とも、往々にして関連するものなのである。同様に、「蛇」や「猿」が、民俗的なイマジネーションの中では、「水神」と深く関わる動物であることも説いてきた。この件については、子供向けの「唐猫」紹介シリーズを終えた後に再開する「小野神社の唐猫・中編」以降において、詳細に論じていくことになる。特に、いままでは証明出来ずにいた「狸」の「水神」的な性格についても、ある程度以上の説得力をもって論証していけると思っている。

そこで、何故、「狸」や「猫」と「糸車」の登場する民話のイメージ性が、それらの動物、特に「猫」の「水神」的な性格を保障するのかと云うと、何よりもそれが「渦巻」とその回転運動を潜在的に象徴しているからなのである。「糸車」の民話には、また常に「渦」高く積まれる糸の緒のイメージもあり、多重的に「渦巻」を指示しているとも解釈出来るのである。

以前、「福島の猫神」シリーズの中でしつこく強調したことだが、この「渦巻」は、単に「水」のみを表わすのでなく、「風雨」「雷」なども表わし、さらにその根柢では「渦巻」の持つ「生成力」にこそ、人々の畏敬は向けられていたのだと、筆者は考えている。

一方で、一般に多くの研究者が定説化しているように、「猫神」が「養蚕」の神様であるなら、「狸の糸車」「猿の糸車」の話が、「猫の糸車」と並行して存在し、かつその伝承数において優勢していると云う状況を、合理的に説明することは出来なくなるのである。

今後、子供向け「唐猫」シリーズが終了したならば、
さらに資料を増やしつつ、以上のような点に焦点を当てつつ、筆者自身の「猫=渦巻」「猫=水神」論を展開していきたいと願っている。


参考文献

・きしなみ (未詳) 「たぬきの糸車」
 光村図書『こくご・一年下・ともだち』
・岸なみ/編 (1957) 『伊豆の民話』未来社
・勝呂弘/編 (1976) 『伊豆の民話集』長倉書店
・稲田浩二ら/編 (1977) 『日本昔話事典』弘文堂


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